2025年の賃上げ、中小企業はどれくらい?最新調査結果から読み解く実態と経営への示唆

最近「人手不足」と「物価高」という二つのキーワードが必ずと言っていいほど話題に上ります。そして、この二つが密接に関わる喫緊の経営課題が「賃上げ」です。優秀な人材の確保と定着、そして従業員の生活を守るためにも、賃上げの必要性は誰もが理解しているものの、その原資の確保やどこまで実施できるのか、頭を悩ませている経営者の方も多いのではないでしょうか。
2025年6月4日に日本商工会議所が「中小企業の賃金改定に関する調査」の最新結果を発表しました。この調査は雇用の約7割を支える中小企業の賃上げ実態を詳細に把握することを目的としており、中小企業経営者にとって非常に参考になる内容です。 今回は、この調査結果から見えてくる中小企業の賃上げの現状と今後の経営戦略について考察したいと思います。
最新調査でわかった中小企業の賃上げ実態
この調査は、2025年4月14日から5月16日にかけて全国47都道府県の中小企業3,042社を対象に行われました。この調査では、雇用期間の定めがなくフルタイム勤務の月給制従業員を「正社員」、それ以外の時給制従業員を「パート・アルバイト等」と定義して集計されています。 調査結果の主なポイントは以下の通りです。
1.賃上げの実施状況
- 2025年度に「賃上げを実施(予定含む)」と回答した中小企業は全体で約7割(69.6%)でした。これは高水準を維持していると言えます。
- しかし、昨年度調査と比べると4.7ポイント減少しています。特に従業員20人以下の小規模企業では57.7%と、全体より10ポイント以上低く、昨年度比でも5.6ポイント減少しています。
- 「現時点では未定」という回答が全体で23.5%に増加しており、小規模企業では31.9%と、約3割の企業が判断を保留しています。価格転嫁の遅れや先行き不透明感が影響している可能性があると指摘されています。
- 賃上げを実施する企業のうち、約6割(60.1%)は「業績の改善が見られないが賃上げを実施」(防衛的な賃上げ)と回答しています。その主な理由は「人材の確保・採用」(71.5%)と「物価上昇への対応」(69.4%)です。
- 一方、賃上げを見送る理由としては「売上の低迷」(58.2%)が最も多く挙げられています。
2.正社員の賃上げ額と率
- 正社員一人当たりの平均賃上げ額は 11,074円、平均賃上げ率は 4.03% となりました。これは昨年度調査から0.41ポイント伸び、初めて4%台に乗ったという点が注目されます。中小企業も賃上げに最大限努力している状況がうかがえます。
- ただし、従業員20人以下の小規模企業では、賃上げ額は9,568円、賃上げ率は3.54%に留まっています。全体と比べて賃上げ額・率ともに低く、伸びも全体(+0.41pt)より小さい(+0.20pt)という結果です。
- 地域別に見ると、都市部(4.37%)と地方(3.94%)で賃上げ率に0.4ポイント以上の差があり、さらに地方と地方の小規模企業(3.55%)の間でも0.4ポイント近い差が生じています。
- 賃上げ率の分布を見ると「5%以上の賃上げ」を実施した企業は全体で30.3%(昨年比+5.6pt)に増加しています。しかし、「賃上げを実施していない(賃上げ率0%または賃下げ)」企業も全体で約2割(20.2%)、小規模企業では3割を超えている(31.1%)「二極化」の傾向が続いていると言えます。
3.パート・アルバイト等の賃上げ額と率
- パート・アルバイト等の平均時給賃上げ額は 46.5円、平均賃上げ率は 4.21% 、小規模企業では、賃上げ額は37.4円、賃上げ率は3.30%でした。
- 昨年比は全体では+0.78ポイントと増加しましたが、小規模企業では昨年比▲0.58ポイントと減少しています。
- パート・アルバイト等についても、「5%以上の賃上げ」を実施した企業は全体で35.6%と3割を超えていますが、小規模企業では3割超(36.8%)が賃上げを見送る(賃上げ率0%または賃下げ)という状況で、こちらも二極化の傾向が見られます。
4.賞与・一時金の支給
- 全体の82.5%の企業が賞与・一時金を支給予定です。
調査結果から見える中小企業のリアルと今後の戦略
今回の調査結果は、中小企業が厳しい経営環境の中でも、人材確保や物価高対応のために賃上げ努力を続けている姿を示しています。特に正社員の賃上げ率が4%台に乗ったというのは大きな前進と言えるでしょう。
しかし、詳細を見ると、いくつか気になる点があります。
- 賃上げのペースが小規模企業や地方で遅れている:全体平均との差だけでなく、小規模企業では賃上げを見送る割合が依然として高く、パート・アルバイト等に至っては昨年より賃上げ率が低下しているという結果も出ています。これは体力のない企業ほど賃上げの負担が重くのしかかっている現実を表しているのではないでしょうか。
- 多くの企業が業績の改善が見られないが賃上げを実施(防衛的な賃上げ):これは裏を返せば、本業の利益だけでは賃上げ原資を十分に確保できていない企業が多いということです。そして、その背景には、やはり「価格転嫁の難しさ」があると考えられます。原材料費やエネルギーコストだけでなく、人件費の上昇分も販売価格に転嫁できなければ、利益は圧迫される一方です。
調査報告書には、中小企業経営者からの生の声も掲載されています。そこでは「賃上げの原資確保のためには労務費を含めた価格転嫁交渉が必須」「価格転嫁が進むような環境整備をお願いしたい」といった切実な声が多く寄せられています。また「一時的な補助金だけでなく、社会保険料の負担軽減や人材確保や育成への支援など、安心して賃上げに取り組める環境整備を期待する」といった、長期的な視点での支援を求める意見もあります。
今回の調査結果からも言えることは、持続的な賃上げには、単に給与を上げるだけでなく企業の収益力を高める取り組みとそれを支える社会全体の環境整備が不可欠だということです。私たちは今回の調査結果を客観的に受け止め、自社の状況と照らし合わせる必要があります。
- 自社の賃上げ水準は、業界平均や地域の相場と比べてどうか?
- 賃上げの原資はどのように確保しているか?価格転嫁は十分に進んでいるか?
- 防衛的な賃上げに留まらず、業績向上につながる「前向きな賃上げ」を実現するために、どのような経営改革が必要か?(例:生産性向上投資、新たな商品・サービス開発、販路開拓など)
- 人材確保と育成のために、賃金以外の待遇や働きがいについても見直せているか?
特に、価格転嫁については、躊躇せず取引先と対話する姿勢がこれまで以上に重要になります。政府には、下請法に該当しない取引も含め、価格交渉が円滑に進むような仕組み作りや、中小企業が安心して賃上げに取り組めるような実効性のある支援策(単なる補助金ではなく、社会保険料負担軽減など固定費抑制につながるものや、人材育成支援など)の強化を強く求めたいところです。
最後に:共に乗り越え、共に成長するために
今回の調査結果は、中小企業が賃上げという大きな波に直面し、必死に対応しようとしている状況を明確に示しています。同時に、企業間の体力差や地域による格差、そして価格転嫁の課題といった構造的な問題も浮き彫りにしています。 私たちは、これらの現実から目を背けず、従業員と共にこの難局を乗り越えるための戦略を練る必要があります。賃上げをコストではなく、未来への投資、そして企業と従業員双方の成長の機会と捉え直すことが重要ではないでしょうか。
皆さんの会社では賃上げに関してどのような取り組みをされていますか? 共に知恵を出し合い、中小企業が活性化していく道を模索していきましょう。
※本記事の内容は、日本商工会議所が2025年6月4日に発表したニュース『 「中小企業の賃金改定に関する調査」の集計結果について』に基づいて構成・要約しています。
日本商工会議所ニュース:「中小企業の賃金改定に関する調査」の集計結果について~中小企業の賃上げ率は正社員全体で4.03%、20人以下の小規模企業で3.54%~